3.農水産業協同組合が破綻したときの貯金等の取扱い
(注) ここでの記述は、特に断りのない限り、資金援助方式・保険金支払方式の両者に共通です。
(1)概要
イ.保護の範囲等
農水産業協同組合が破綻したときに貯金保険で保護される付保貯金額は、保険対象貯金等のうち、決済用貯金は全額、それ以外の貯金等については1農水産業協同組合ごとに貯金者1人当たり元本1,000万円までとその利息等の合計額となりますが、貯金者が受け取る金額は、これに限られているわけではありません。保護限度を超える保険対象貯金等や保険対象外の貯金等並びにこれらの利息等については、破綻農水産業協同組合の財産の状況に応じて一部カットされることがありますが、破綻農水産業協同組合の資産を処分、回収して得られる破産配当金または弁済金を受け取ることができます。また、貯金者が当該破綻農水産業協同組合からの借入金(未払金(注)を含む)等の債務を有しているときは、貯金等の債権と借入金等の債務を相殺することによって実質的に貯金の回収を行うことができる場合があります。
(注)ここでは、肥料、農機具購入代金等の未払金をいいます。
ロ.貯金者の利便性確保
貯金者の利便性を確保していくため、以下のことが可能となっています。
①資金援助方式の場合には、破綻した農水産業協同組合が救済農水産業協同組合に信用事業譲渡等を行うまでの期間であっても、付保貯金額の範囲内で貯金等の払戻しを行うことができます。
②保険金の支払や付保貯金の払戻しにかなりの日数を要すると見込まれるようなときは、貯金者の当座の生活資金に充てるための仮払金の支払(普通貯金1口座当たり60万円を限度)を行うことができます。
③決済用貯金以外の保険対象貯金等の貯金者1人当たり元本1,000万円を超える部分及び外貨貯金並びにこれらの利息等については、破綻農水産業協同組合の破産配当見込額等を考慮のうえ決定された一定の率(概算払率)を乗じた金額で貯金保険機構が買い取り、貯金者に支払うことができます。これを貯金等債権の買取制度(概算払)といいます。なお、最終的に清算時の配当等が買取価格を上回る場合には、追加的な支払(精算払)も実施されます。
(2)付保貯金の取扱い
付保貯金額の範囲内での貯金等の払戻しを行うためには、その前提として、名寄せ(貯金者ごとの付保貯金額の算定等)を行う必要があります。
イ.名寄せ
農水産業協同組合が破綻したとき、付保貯金額を算定するためには、同一の貯金者が当該破綻農水産業協同組合に有する複数の貯金口座を合算する作業が必要となります。
この場合の貯金者については、個人、法人、権利能力なき社団・財団は、個々に1貯金者として扱われますが、それ以外の団体(以下「任意団体」といいます)は1貯金者として扱えないため、各構成員の貯金等として持分に応じて分割され、各構成員の貯金等として名寄せされることになります。具体的には次のとおりになります。
①個人
個人については、家族であっても、夫婦・親子はそれぞれ別の法的主体であるため、その名義に従い別個の貯金者として取り扱われ、それぞれ別に名寄せされます。ただし、家族の名義を借りたに過ぎない貯金等は、他人名義貯金として保険の対象外となるため、注意が必要です。
個人事業主の場合、事業用の貯金等と事業用以外の貯金等は、同一人の貯金等として名寄せされます。
②法人及び権利能力なき社団・財団
団体名義の貯金等については、団体が法人である場合や権利能力なき社団・財団に該当する場合は、その団体が1貯金者として取り扱われます。
権利能力なき社団・財団に該当するためには、一般的には、団体として組織され、規約等により運営方法が定められているなどの要件が求められますが、個々のケースについてその実態をみて農水産業協同組合において判断することになります(Q33を参照してください)。
③任意団体
法人でもなく、権利能力なき社団・財団とも認められない任意団体名義の貯金等は、その団体を構成する各構成員の貯金等として構成員の他の貯金等とともに名寄せされます。
このため、取引農水産業協同組合が破綻したとき、任意団体の代表者は、その団体の構成員に関するデータ(氏名、生年月日、持分額等)を破綻農水産業協同組合に速やかに提出する必要があります。
ロ.付保貯金額の算定
同一貯金者の貯金等を合算した結果、保険対象貯金等のうち、決済用貯金以外の貯金等が元本1,000万円を超え、かつ、複数の貯金等が存在する場合には、貯金保険法で定められた次のような優先順位により、元本1,000万円を特定することとなっています。
① 担保権の目的となっていないもの
② 弁済期(満期)の早いもの
③ 弁済期(満期)が同じ貯金等が複数ある場合は、金利の低いもの
④ 金利が同じ貯金等が複数ある場合は、貯金保険機構が指定するもの
⑤ 担保権の目的となっているものが複数ある場合は、貯金保険機構が指定するもの
なお、確定拠出年金の積立金の運用に係る貯金等がある場合、当該貯金者の積立分も含め付保貯金額を算定しますが、付保貯金を特定するための優先関係については、加入者個人の貯金等が優先されます。
ハ.付保貯金の払戻し(資金援助方式)
資金援助方式の場合には、貯金保険機構が名寄せ(貯金者ごとの付保貯金額の算定等)作業をした後、その結果を破綻農水産業協同組合に通知します。破綻農水産業協同組合では、その結果を基に、貯金等の払戻しの諸準備を行います(注)。
(注) 裁判所は「農水産業協同組合の再生手続の特例等に関する法律」(平成12年5月法律第95号)により、民事再生手続が開始している破綻農水産業協同組合について、貯金保険機構による付保貯金払戻しのための貸付けの実施決定がされている場合、当該破綻農水産業協同組合(再生債務者)の申立てにより、払戻しを行う貯金等の種別等に関する貯金保険機構の意見を聴取のうえ、払戻しを行う貯金等の種別等を定めて付保貯金の払戻しの許可をすることができます。
二.保険金の支払(保険金支払方式)
保険金支払方式の場合には、貯金保険機構から各貯金者に郵送する保険金支払請求書に必要な事項を記入し、本人確認ができる書類とともに貯金保険機構(貯金保険機構が農水産業協同組合等に保険金支払業務を委託した場合には、当該農水産業協同組合等の窓口)に提出し、請求を行うことにより、保険金の支払を受けます。
ホ.仮払金の支払
仮払金は、保険事故が発生し、保険金の支払開始または付保貯金の払戻しまでにかなりの日数を要すると見込まれるような場合、破綻農水産業協同組合の貯金者の当座の生活資金等に充てるため支払われるものです。貯金保険機構が仮払金の支払を行うためには、保険事故発生の日から1週間以内に運営委員会の議決を経て決定することが必要とされています。
仮払金は、各貯金者の普通貯金残高(元本のみ)について、1口座につき60万円を限度として支払われます。
なお、後に保険金等が支払われる時には、この仮払金支払額はその貯金者の保険金の額等から控除されることとなります。
保険金・仮払金支払限度額推移
役職 | 保険金 | 仮払金 |
---|---|---|
昭和48年9月 (制度発足時)~ |
100万円 | - |
昭和49年6月~ | 300万円 | - |
昭和61年9月~ | 1,000万円 | 20万円 |
平成13年4月~ | 元本1,000万円+利息等(注) | 60万円 |
(注) ただし、平成17年4月からは、決済用貯金(無利息、要求払、決済サービスを提供できること、という3要件を満たす貯金)については全額保護。
(3)付保貯金以外の貯金等の取扱い
イ.概算払
付保貯金以外の貯金等については、破綻農水産業協同組合の財産の状況に応じて、倒産手続によって弁済金・配当金として支払われることになります。
ただし、貯金者が、一般債権者として倒産手続に参加した場合、弁済金・配当金の受取りに相当な時間を要する可能性があるため、貯金者の利便性を確保することを目的として、概算払の制度が設けられています。
すなわち、保険対象貯金等のうち決済用貯金以外の貯金等で元本1,000万円を超える部分及び外貨貯金並びにこれらの利息等については、貯金保険機構が概算払の実施を決定した場合には、貯金者からの請求に基づいて、当該債権を配当金の見込額等を考慮して決定した一定の率(概算払率)を乗じた金額により買い取る形で支払うことができるようになっています(ただし、担保権が設定されている貯金等は除きます)。この制度によって、貯金者は弁済金・配当金の受取りを待たずに、早期にその一部の回収が可能となります。
この概算払は、資金援助方式及び保険金支払方式のいずれの破綻処理方式においても実施できます。
概算払額 (貯金者の受取金額) |
元本1,000万円を超える部分及び 外貨貯金とこれらに係る利息等 |
概算払率 | ||
= | × | |||
ロ.精算払
貯金保険機構が概算払により貯金者から買い取った貯金等債権については、貯金保険機構は、破綻農水産業協同組合の倒産手続に参加して弁済金・配当金を受け取ることとなります。買い取った貯金等債権の回収額が、買取りに要した費用を控除しても、概算払額を超えるときは、その超える部分の金額を貯金者に追加的に支払うこととなっています。これを「精算払」といいます。
精算払額 (貯金者の追加受取金額) |
貯金保険機構の回収額 | 買取りに要した費用 | 概算払額 | |||
= | ー | ー | ||||
農水産業協同組合が破綻した場合の貯金等の取扱い
(太線内が貯金保険によって保護される)
(注1)決済用貯金とは、「無利息、要求払、決済サービスを提供できること」という3要件を満たすものです。
(注2)定期積金の給付補てん金等も利息と同様保護されます。
概算払・精算払(注1)の主要事務フロー
① 保険事故の発生
② 事故通知(破綻農水産業協同組合→貯金保険機構→農林水産大臣、金融庁長官及び財務大臣(及び都道府県知事))
②’ 事故通知(都道府県知事(または農林水産大臣及び金融庁長官)→貯金保険機構→財務大臣)
③ 機構指定フォーマットによる貯金者データ等提出(破綻農水産業協同組合→貯金保険機構)
④ 貯金者の名寄せ等(貯金保険機構)
⑤ 貯金等債権の買取り・概算払率の決定(貯金保険機構)
⑥ 概算払率の認可(農林水産大臣、財務大臣及び金融庁長官→貯金保険機構)
⑦ 官報等により概算払率・買取期間等を公告(貯金保険機構)
⑧ 貯金者に対し個別に概算払通知(注2)(貯金保険機構→貯金者)
⑨ 貯金者から概算払請求書提出(貯金者→貯金保険機構)
⑩ 貯金者に対し概算払実行(貯金保険機構→貯金者)
⑪ 精算払(注3)
(注1) 概算払対象の貯金等については、「相殺」、「概算払・精算払」、「裁判による弁済」という方法を選択することが可能です。なお、概算払を利用すれば、「裁判(民事再生手続)による弁済」よりも早く流動性を得られます。
(注2) なお、貯金保険機構が、概算払の実施を農水産業協同組合等に委託した場合には、⑧の通知を行わないこともあります。また、⑨、⑩の手続は、委託先農水産業協同組合等の窓口で行うことになります。
(注3) 精算払は、支払期間等の公告後、貯金者に対して精算払を通知し、貯金者から精算払請求書提出を受けた後に実行されます。
ハ.相殺
(イ)概要
貯金者が破綻農水産業協同組合に対して借入金等を有しているときは、貯金者から相殺の意思表示を行うことで、貯金等とこれらの債務の相殺が可能です。相殺は資金援助方式及び保険金支払方式のいずれの破綻処理方式においても実施できます。ただし、以下のような場合には相殺ができないこともありますので、注意が必要です。
(ロ)貯金規定と相殺
相殺は民法及び貯金規定に基づいて、貯金者側から破綻農水産業協同組合に対して所定の手続をとって、相殺をする旨の意思表示を行うことが必要です。
また、次の場合には貯金規定に定めがないと相殺できませんので、注意が必要です。
① 貯金の満期日が到来していない場合
ただし、貯金規定に満期日が到来していない場合でも相殺できる旨の定めがあれば、相殺できます。
② 貯金を担保として破綻農水産業協同組合に差し入れている場合
ただし、貯金規定にこのような場合にも相殺できる旨の定めがあれば、相殺できます。
(ハ)相殺ができない場合
前述のような要件が整っていた場合においても、相殺ができない場合があるので注意が必要です。例えば、次のようなものがあげられます。
①相殺の対象となる借入金について借入約定等の特約により相殺が禁止されている場合は、相殺はできません。
②当該破綻農水産業協同組合が倒産法制の適用を受けている場合には法令により相殺が制限される場合があります。破綻処理においては、主として民事再生手続を利用することが想定されますが、民事再生手続の債権届出期間が終了しているときや、相殺しようとする債務が、農水産業協同組合の貯金等の支払の停止を知った後に負担した債務であるときなどは、相殺ができません。
③相殺を行う貯金等につき、貯金保険機構に貯金等債権の買取り(概算払)または保険金支払の請求をし、貯金保険機構が当該貯金等債権を相殺の前に取得したときは、当該貯金等との相殺はできません。
(4)破綻後の農水産業協同組合の業務
資金援助方式の場合、農水産業協同組合が破綻したとき、都道府県知事(または農林水産大臣及び金融庁長官)により選任された管理人(詳しくは4 破綻処理方式を参照してください)は、救済農水産業協同組合への迅速な信用事業譲渡等を目指し、組合員・利用者の利便性を極力維持するとともに農水産業協同組合の価値を保持するため、一定の基本的業務を続けるような運用がなされるものと考えられます。そのための前提として、①名寄せ(貯金者ごとの付保貯金額の算定等)、②付保貯金とそれ以外の貯金等を分別管理するための作業が必要です。これらの作業を終え次第、基本的な業務として、①付保貯金額の範囲内での貯金等の払戻し及び破綻後の新規貯金等の受払い、②一部の決済業務、③資金使途が適切であり返済が可能と判断された場合の貸出等を実施することとなります。
また、信用事業以外の事業(経済・共済事業)についても基本的業務を続けるような運用がなされるものと考えられます。
仮に、この準備に一定期間が必要な場合には、破綻後店舗を閉鎖しその準備を急ぎ整えたうえで、これらの業務を再開することとなると考えられます。
イ.貯金業務
貯金等の払戻しのためには、名寄せ(貯金者ごとの付保貯金額の算定等)の結果を踏まえて、払戻しを停止する必要のある貯金口座等からの貯金等の払戻しを防止する措置、貯金口座ごとの入出金記録を保存する措置等が必要となります。これらの措置を実施するためには破綻農水産業協同組合におけるシステム上での対応が必要となります。万一システムの対応に時間がかかる場合には、窓口での貯金等の払戻しを一部の業務に限定する場合や貯金等の払戻し開始までにある程度の時間を要する場合があります。
なお、平成27年9月の貯金保険法の改正により、支払対象貯金等に係る保険金の支払またはその払戻しその他の保険事故に対処するために必要な措置を予め講じておくこととされました。
ロ.決済業務
決済機能の安定確保を図る観点から、仕掛り決済取引についても決済債務として貯金保険制度で手当されています。具体的には、仮受金で経理処理されている場合や自己宛小切手などについても全額保護されます。(注)
(注) 農水産業協同組合が自らのために行う資金取引など例外として保護されないものがあります。また、農水産業協同組合が破綻した場合には内国為替や手形交換所の現行制度上決済が実行できない場合もありえますが、この場合には当該資金や手形は返還されることになります。
なお、破綻後、ほとんどの場合、当該農水産業協同組合は信用事業譲渡等を目指して民事再生法下で業務を続けることが想定されます。この場合、破綻後新規に受け付ける決済取引は、付保貯金あるいは新規受け入れ資金を原資とするものについてはすべて実行されると考えられます。
ハ.融資業務
破綻農水産業協同組合は民事再生手続の下に置かれる可能性が高いと想定されていますが、管理人により、債務の履行状況、回収確実性等を勘案のうえ、健全な借り手への貸出等については引き続き行われることになると考えています。
ニ.その他の業務(経済・共済事業に係る業務)
経済事業に係る業務については、民事再生法下で裁判所の許可を受けて、必要な業務を続けることが想定されます。
共済事業については、農水産業協同組合と全国共済農業協同組合連合会(JA共済連)または全国共済水産業協同組合連合会(JF共水連)が共同して共済契約者と共済契約を締結していますが、民事再生等の申立により、破綻農水産業協同合は共済契約から離脱し、JA共済連またはJF共水連が単独で契約を引受けすることにより保障が継続されます。