4.破綻処理方式
(1)資金援助方式と保険金支払方式
破綻処理の方法には、保険金を直接各貯金者に支払う方式(保険金支払方式)と、救済農水産業協同組合に破綻農水産業協同組合の信用事業の全部や一部を移管し、資金援助を行う方式(資金援助方式)の2つの方式があります。どちらの方式でも、貯金保険制度により貯金等が保護される範囲は同じですが、保険金支払方式は、破産手続の併用により破綻農水産業協同組合の金融機能が消滅するのに対して、資金援助方式は、破綻農水産業協同組合の一定の金融機能は救済農水産業協同組合に移管され維持されます。
なお、平成11年12月の金融審議会の答申で、「金融機関が破綻した場合には、破綻処理に要するコストがより小さいと見込まれる処理方法を選択するとともに、破綻に伴う混乱を最小限に止めることが重要であり、金融機関の破綻処理方式としては、資金援助方式の適用を優先し、保険金支払方式の発動はできるだけ回避すべきである」との方針が示されています。
(2)資金援助方式
イ.概要
資金援助方式は、農水産業協同組合が破綻した場合、救済農水産業協同組合に対する信用事業譲渡・合併等に当たり、貯金保険機構から、ペイオフコストの範囲内で資金援助(金銭の贈与等)を行うものです。資金援助の方法としては、金銭の贈与、資金の貸付けまたは預入れ、資産の買取り、債務の保証、債務の引受け、優先出資の引受け等、損害担保(いわゆるロスシェアリング)があります。
ロ.管理人業務
(イ)被管理農水産業協同組合
農水産業協同組合の経営が悪化したとき、都道府県知事(または農林水産大臣及び金融庁長官)は、管理人による業務及び財産の管理を命ずる処分を行うことができます(この管理を命ずる処分を受けた状態の農水産業協同組合を「被管理農水産業協同組合」といいます)。
この決定を行う要件は、次の①~④のいずれかに該当し、かつア)、イ)のいずれかに該当することです。
① 債務超過と認める場合
② 貯金等の払戻しを停止するおそれがあると認める場合
③ 貯金等の払戻しを停止した場合
④ 農水産業協同組合からの申出を受けて債務超過が生ずるおそれがあると認める場合
ア) 当該農水産業協同組合の業務の運営が著しく不適切であること
イ) 当該農水産業協同組合について、合併等が行われることなく、その業務の全部の廃止または解散が行われる場合には、当該農水産業協同組合が業務を行っている地域または分野における資金の円滑な需給及び利用者の利便に大きな支障が生ずるおそれがあること
農水産業協同組合に対しては、債務超過の場合または貯金等の払戻しを停止するおそれがあるときは、都道府県知事(または農林水産大臣及び金融庁長官)にその旨を届け出ることが義務付けられています。
(ロ)管理人による管理
被管理農水産業協同組合の管理は、都道府県知事(または農林水産大臣及び金融庁長官)により選任された管理人が行うことになります。
被管理農水産業協同組合を代表し、業務の執行や財産の管理・処分等を行う権利は、管理人に専属します。また、都道府県知事(または農林水産大臣及び金融庁長官)の求めに応じて、被管理農水産業協同組合の業務及び財産の状況等に関する報告や経営に関する計画を作成し、被管理農水産業協同組合の業務の暫定的な維持・継続を行う一方で、救済農水産業協同組合への迅速な信用事業譲渡等を目指すことや、旧経営者に対する経営破綻の責任を明確にするための民事上の提訴や刑事上の告発も行います。
なお、管理人は、公認会計士、農業協同組合中央会(漁業協同組合連合会)、貯金保険機構等から選任されることが想定されています。
(ハ)民事再生法の適用
定額保護下においては、付保貯金以外の貯金等や債権については、破綻農水産業協同組合の財産に応じた弁済がなされます。このため、農水産業協同組合の破綻に際しては、これらの貯金者や債権者の平等を保ち、財産の流出を防ぐために、貯金等の払戻しなどの農水産業協同組合の業務に制約を課して財産を保全することが必要であり、そのために倒産法制を利用することとなります。具体的には、破綻農水産業協同組合について民事再生手続開始の申立てを行い、裁判所の監督の下で、付保貯金や健全資産を救済農水産業協同組合に譲渡するとともに、それ以外の貯金等や債権について破綻農水産業協同組合の財産に応じて弁済を行うことが想定されています。
ハ.信用事業譲渡・合併等
(イ)信用事業譲渡・合併等の概要
破綻した農水産業協同組合の貯金等を保護するとともに、その金融機能を維持する対応として、健全な農水産業協同組合(救済農水産業協同組合)への信用事業譲渡・合併等の方法があります。
貯金保険法においては、以下のような方式が定められています。
○ 救済農水産業協同組合との合併
○ 救済農水産業協同組合に対する信用事業譲渡(一部譲渡を含みます)
○ 救済農水産業協同組合に対する付保貯金移転
(ロ)資金援助の仕組み
資金援助とは、農水産業協同組合が破綻した場合、貯金保険機構が、信用事業譲渡・合併等を行う救済農水産業協同組合に対し、その合併等を容易にするよう援助を行うものです。資金援助によって合併等が円滑に行われ、貯金等は救済農水産業協同組合に引き継がれ保護されることとなります。資金援助は、予め適格性の認定等を受けた救済農水産業協同組合等に対して、原則としてペイオフコストの範囲内(注1)で行われることになります。
また、貯金保険機構は、指定支援法人((一社)ジェイエイバンク支援協会・(一社)ジェイエフマリンバンク支援協会)(注2)が行う金銭の贈与等の業務に対しても資金援助を行うことができます。
(注1) ペイオフコストを超える資金援助(金融危機対応)については、「第1部 貯金保険制度の概要5(3)ペイオフコスト超の資金援助」の項を参照してください。
(注2) 指定支援法人とは、「農林中央金庫及び特定農水産業協同組合等による信用事業の再編及び強化に関する法律」(平成8年法律第118号)第32条第2項に規定する指定支援法人をいいます。
資金援助の制度には、次のようなものがあります。
①救済農水産業協同組合に対する資金援助
救済農水産業協同組合に付保貯金や健全資産等を内容とする信用事業の一部を譲渡する場合や付保貯金を移転する場合に、金銭の贈与等の資金援助ができます。
また、救済農水産業協同組合に譲渡することができない不良資産について、救済農水産業協同組合と破綻農水産業協同組合の連名で貯金保険機構に資産の買取りを申し込むことができます。
②破綻農水産業協同組合に対する資金援助
破綻農水産業協同組合が救済農水産業協同組合に対して信用事業の一部譲渡を行う場合、破綻農水産業協同組合には事業譲渡されなかった資産と負債が残ることとなります。その際、事業譲渡されなかった負債に係る債権者が当該信用事業譲渡によって不利益を被らないよう(注)、貯金保険機構が破綻農水産業協同組合に対し資金援助(金銭の贈与に限ります)を行うことができるよう手当されています。
具体的には、信用事業の一部譲渡によって破綻農水産業協同組合の資産が減少し、破綻農水産業協同組合に残される債権者に対する弁済率が信用事業譲渡前における当該債権者に対する予想弁済率と比較して低下してしまう場合に、これを避ける目的で貯金保険機構が破綻農水産業協同組合に対し金銭の贈与を行うことができます。
(注) 貯金保険法では、これを「破綻農水産業協同組合の債権者間の衡平を図るため」と表現しています。
③追加的資金援助
信用事業譲渡や合併等において当初資金援助を行った後、未確定再生債権の全容が判明する等した段階で、救済農水産業協同組合から追加の資金援助の申込みを受けた場合に、貯金保険機構は、追加的資金援助を決定することができます。
資金援助の方法については、次のような方法が定められています。
○金銭の贈与
○資金の貸付けまたは預入れ
○資産の買取り
○債務の保証
○債務の引受け
○優先出資の引受け等(注1)
○損害担保(いわゆるロスシェアリング)(注2)
(注1) 優先出資の引受け等は、信用事業譲渡・合併等によって救済農水産業協同組合の自己資本比率が低下するのを防ぐため、貯金保険機構が救済農水産業協同組合の優先出資の引受けや救済農水産業協同組合に対して劣後特約付金銭消費貸借による貸付けを行うことです。申込みの際には、貯金保険機構に対し財務内容の健全性の確保等のための方策を定めた計画を提出する必要があります。
(注2) 破綻農水産業協同組合から引き受けた貸付債権について信用事業譲渡後にその全部または一部の弁済がなされないことにより劣化して救済農水産業協同組合に損失が生じた場合、その一部を貯金保険機構が一定期間補てんする(「損害担保=ロスシェアリング」)契約を締結することができます。なお、その際、逆に信用事業譲渡後に利益が生じた場合には、その利益の一部を貯金保険機構に納付すること(プロフィットシェアリング)も契約に入れることとなっています。
ただし、指定支援法人に対する資金援助の方法は、金銭の贈与、資金の貸付けまたは預入れ、債務の保証に限ります。
(ハ)資金援助の手順
都道府県知事(または農林水産大臣及び金融庁長官)による合併等に関する適格性の認定あるいは合併等のあっせんを受けた救済農水産業協同組合等は、貯金保険機構に対し資金援助の申込みを行うことができます。申込みを受けた貯金保険機構は、資金援助の可否、資金援助の額及び方法等を運営委員会の議決を経て決定し農林水産大臣、財務大臣及び金融庁長官の認可を受けます。貯金保険機構は、この決定をしたときは、救済農水産業協同組合等と資金援助に関する契約を締結し、資金援助を実施することとなります。
資金援助の流れ
都道府県知事等による合併等に関する適格性の認定、合併等のあっせん
↓
貯金保険機構に対する資金援助の申込み
↓
貯金保険機構による資金援助の決定(運営委員会の議決)
↓
農林水産大臣、財務大臣及び金融庁長官の認可
↓
資金援助に関する契約締結、資金援助の実施
(参考)資金援助方式による破綻処理の流れ等の概要(一例) (PDF形式)
(3)保険金支払方式
イ.概要
保険金支払方式は、農水産業協同組合が破綻した場合、貯金保険機構が破綻した農水産業協同組合の貯金者に直接保険金を支払うことです。保険金支払の原因となる保険事故には次の2種類があり、保険金の支払は貯金口座の名寄せ(貯金者ごとの付保貯金額の算定等)等の準備が整い次第、貯金者からの請求に基づいて行われます。
なお、保険金支払方式が採用されると、農水産業協同組合の処理に破産手続(注)を用いることが想定されており、破綻農水産業協同組合の金融機能は消滅することとなります。
(注) 破産手続にあっては、裁判所が選任する破産管財人の下で、資産の処分や債権者(非付保貯金者を含みます)への配当といった清算業務が行われます。
第一種保険事故 農水産業協同組合の貯金等の払戻しの停止
この場合、貯金保険機構は、保険事故発生の日から1か月以内(必要に応じて1か月以内で延長が可能)に、保険金の支払を行うかどうかについて、運営委員会の議決を経て決定します。
第二種保険事故 農水産業協同組合の解散の議決に係る認可、破産手続開始の決定、解散命令、または法定解散(注)
この場合、貯金保険機構の決定を要することなく、当然に保険金の支払が行われます。
(注)法定解散とは、農水産業協同組合(連合会)が組織を維持するために必要な法定組合員数(会員数)を欠いたことにより、解散することです。
貯金保険機構は、保険事故が発生した農水産業協同組合から速やかに「機構指定フォーマット」により定められた貯金者データの提出を受け、貯金口座の名寄せ作業を行います。
保険事故が発生した農水産業協同組合の貯金者に支払われる保険金の額は、保険事故発生日に当該農水産業協同組合に預入している保険対象となる貯金等の元本とその利息等の合計額であり、元本の額は、決済用貯金全額と、政令により1貯金者当たり1,000万円までと定められています(ただし、担保貯金等については、当該担保権に係る被担保債権が消滅するまで支払を保留することがあります)。
ロ.保険金支払手続
貯金保険機構は、第一種保険事故が発生した場合、保険金の支払及び公告事項(保険金の支払期間、支払場所、支払方法、支払取扱時間等)を運営委員会の議決を経て決定し、保険金の支払に関する公告事項を官報等に掲載し、貯金者に周知徹底を図ります。なお、第二種保険事故の場合には、運営委員会の議決を経ることなく保険金を支払うこととなりますので、貯金保険機構は公告事項を定め、公告する手順のみ行います。また、これに併せ、各貯金者に保険金額等を記入した保険金支払通知書・請求書を郵送します。
貯金者はこの保険金支払請求書と本人確認ができる書類を貯金保険機構(貯金保険機構が農水産業協同組合等に保険金支払業務を委託した場合には、当該農水産業協同組合等の窓口)に提出し、請求を行うことにより、保険金の支払を受けることができます。
保険金支払フロー図
① 保険事故の発生
・ 農水産業協同組合の貯金等の払戻しの停止(第一種保険事故)
・ 農水産業協同組合の解散の認可、破産手続開始の決定、解散命令または法定解散(第二種保険事故)
② 事故通知(破綻農水産業協同組合→貯金保険機構→農林水産大臣、金融庁長官及び財務大臣(及び都道府県知事)
②’ 事故通知(都道府県知事(または農林水産大臣及び金融庁長官)→貯金保険機構→財務大臣)
③ 機構指定フォーマットによる貯金者データ等提出(破綻農水産業協同組合→貯金保険機構)
④ 保険金額計算(貯金保険機構)
⑤ 支払(注)・公告事項の決定(貯金保険機構)
(注)農水産業協同組合の貯金等の払戻しの停止(第一種保険事故)の場合のみ必要
⑥ 官報等の公告(貯金保険機構)
⑦ 支払通知(貯金保険機構→貯金者)
⑧ 支払請求(貯金者→貯金保険機構)
⑨ 保険金の支払(貯金保険機構→貯金者)